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ピッツァって耳は残すもの?   ~ ポンペイ・ナポリ編 ~

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 今日は午前中はポンペイ、午後はポンペイの遺跡が多数展示されているナポリの考古学博物館に行く予定です。
 地中海に突き出したイタリア半島の南側、ナポリ湾に面するポンペイは、アマルフィに続く美しい海岸線と、富士山のように雄々しくそびえるヴェスヴィオ山に挟まれた風光明媚な街です。
 古代ギリシャの植民都市として人口2万人を数える商業都市として繁栄していましたが、西暦79年8月24日のヴェスヴィオ山の大噴火による火砕流と高温の有毒ガスと火砕流が時速100kmを超えるスピードでポンペイを覆い、この一瞬で約2000人が命を奪われたといいます。
 18世紀に入り住人が井戸を掘ったところ、彫刻が施された大理石の柱が発見されるまで、忘れ去られた町だったのです。
 18世紀半ばのナポリ王カルロス3世の時代から、継続した発掘でポンペイの様子が明らかになってきましたが、現在財政難からイタリア政府は残り半分の発掘を凍結しているのだそうです。
 
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 かなり雨足が強いので、ホテルでしばし待機して、ホテルを出てベスビオ周遊鉄道の電車に揺られること40分。
 ポンペイに着いたのは、11時を回ってしまいました。
  しかし、ポンペイに着いたらとてもいい天気で、これなら暑さもかなり軽減されていい感じです。

 ポンペイの予約はしていなかったのですが、行列待ちもあまりなく入場できました。



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 二人がいるところはバシリカ。
 フォロに面した列柱廊で、商業取引や裁判をはじめとする多目的な公共スペースとして使われたところで、現在では教会を表す言葉になっています。
 バジリカもフォロと共に、古代ローマの街にはどこでもあった施設の一つです。
 フォロ・ロマーノにもカエサルが建てた、ユリウスのバジリカが基盤部分だけ現存しています。


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 入場口から、マリーナ門をぬけると、フォロ(公共広場)に出ます。
 広場の周りをバシリカ、アポロ神殿、食糧広場、聖堂や上の写真のジュピター神殿などの公共施設が取り囲んでいます。



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 ジュピター神殿の左に写っているのが、フォロの穀物倉になります。
 フォロの西側に広がり、レンガの柱で仕切られた8つの開口部を持つ建物で、果物と野菜の市場(フォロ・オリトリオ)。として使われていました。
 今日ではポンペイ最大の考古学品の倉庫として使われ、1800年代の終わりからこの都市で行われてきた発掘による出土品9千点以上がここに保管されています。
 ポンペイ最後の10年間に日常の生活で使われた、鍋などのテラコッタ製品、竈や水差し、瓶、アンフォラ、油や葡萄酒、魚醤を地中海全域から運搬するための大きな容器などが収蔵されています。
 他にも、家々の入り口を飾っていた大理石製のテーブルや噴水用の水槽、犠牲者や犬、樹木の石膏型などが陳列されています。
 

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 ミャウジーさん一人たたずむ



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 とにかく工事中の遺跡が多いです。


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 三角フォロに続く舗装された道路。
 日本が竪穴式住居だった時代にこの整備された美しい街並みと道路は驚くばかりです。



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 ヴェラさん、もう暑くて嫌になったそうです。


IMG_1697サントニウム人の体育場
 大劇場の舞台裏にきてみましたよ。
 ノチェーラ産の灰色の凝灰岩でできた74本のドリス式円柱を巡らせた大きなクアドリポルティコのフォイエ(ロビー)があって、休憩時間には観客がくつろげるようになっていました。
紀元62年に起きた地震の後で、この建物の一部を再整備して、剣闘士たちの兵舎として使うようになったそうです。


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 円形闘技場を目指して歩いていきます。
 当時の家の窓辺にて休憩。(たくさん人は歩いているのですが、当時の民家にはあまり人が入ってこないのでつい撮影をしてしまいます。)


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ヴェラさんお昼寝中



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 こちらは典型的な中流階級の商人の住まいで、紀元1世紀の終わりには交易によって裕福になり、複数の家を統合し改装されているそうです。
 庭園内にはマルスとヴィーナスを描いた大きな装飾の残る小礼拝所が残っており、写真の左側の壁面のアクリル板に覆われているのがマルスとヴィーナスの絵です。(アクリル板に覆われているので写真できれいに撮れないので写していません。)


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 大劇場が見えてきたところに、いきなりのブドウ畑で、後にヴェスヴィオ山が見えますね。
 この広い一区画は、1800年代に行われた最初の発掘の際に、沢山の牛の骨が見つかったことから家畜を売買した市場フォロ・ボアーリオの後ではないかとされています。
 現在、フォロ・ボアーリオでは当時を再現したブドウ畑があり、マストロベラルディーノ社によってヴィッラ・ディ・ミステリ(秘儀荘の壁画がラベル)というワインが作られているそうです。


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 大劇場にやってきました。
 アリーナの周りに通路があるのですが、ピンク・フロイドの「Live At Pompeii」の映像が流れていました。
 1971年に撮影作成されたもので、オープニングは人一人いない遺跡の会場に、演奏機材を一つ一つ運び込むところからスタートして、無人の会場で演奏し収録されいるもので、つい画面に見入ってしまいました。
 コロッセオは全部が全部残っているわけでないのに対し、こちらは灰の下に埋もれていたので発掘が土よりは容易で、完全な形で残っていて、すごいことだと思いました。


IMG_1804ヴェヌスの家
 こちらは、「貝のヴィーナスの家」になります。
 
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 ペリスティリウム(中庭)の壁には美しいフレスコ画が色鮮やかに残っています。
 回廊の奥の壁には、美しい3枚のフレスコ画があります。
 その中央の画面が上の写真で、ポンペイの守護神で、エロチシズムの女神でもあるヴィーナスが二人のキューピッドに伴われて貝の中に身を横たえたシーンが描かれています。
 とてもいい状態で残っていて驚きました。
 


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 ヴェトゥティウス・プラチドゥスのテルモポリウム(飲食店)です。
 この建物では豊かな装飾のあるレンガ造りのカウンターに大きなかめの下半分を陥れることができるようになっていて、その中に保存された温かい食べ物と飲み物を出していたそうです。
 奥の壁にあるニッチで、家の神々(ラル神)、オーナーの守護神ジェニオ、商いの神(メルクリオ)、酒の神(デュオニソス)を祀った祭壇がよく保存されています。



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 かわいい犬のモザイク画がありました。


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 ポンペイに残る3つの浴場のうち最も保存状態の良いスタビアーネ浴場です。
 こちらの起源は前2世紀まで遡ることができ、ローマ帝国のなかでも最も古い浴場のうちの一つになるそうです。
 男女別々に左右に配され、床は二重構造で蒸気で一定の室温が保たれていたそうで、今でいう床暖房がこの時代にすでにあったということは驚きです。


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 施設にはアポディトゥリウム(脱衣場)、それに続くフリジダリウム(低温の浴室)、更にテピダリウム(中温の浴室)、最後にカリダリウム(高温の浴室)が備わっていました。
 上の写真はカリダリウムで、中央部にあるにある丸いものは、火照った体を冷やすために冷水が出てきていた噴水だったそうです。
 スタビアーネ浴場は、まさに日帰り温泉ですね。


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 スタビアーネ浴場内のプールがあったところにあった石膏像。
 実際の遺体があったところが灰に埋もれてる間に無くなって、空洞になったところに石膏を流して型を取ったものなのだそうです。

 こういった石膏像がポンペイ内の遺跡にたくさんありました。
 火砕流の勢いの凄さが生々しく伝わってきますね。


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 ノーラ通り沿いでフォロの少し北にある、ポンペイ一の規模を持つ豪邸「」ファウノの家」です。
 豪邸ゆえに柱の間隔が広かったためか、他よりも被害が大きくて想像力が必要ですが、
 この像があるのはアトリウム(吹き抜け)のスペースです。
 この踊る牧神ファウヌス像が発見されたことで、この家の名が付いています。
 ちなみにこの像はレプリカで、本物はナポリ国立考古学博物館に収蔵されています。

 ファウヌスの居るアトリウムから、少し北の列柱が並んでいるところへと進んでいきます。


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 ファウノの家の庭は刈込も美しく夾竹桃の花が咲いていました。(花粉症の元ですけれどね)


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 しかし、ファウノの家は火砕流で屋根が吹き飛ばされてしまい列柱のみが残っています。


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 なんだか寂しいところだね。




 ポンペイ遺跡の内部は野犬?(首輪がなかったので)がたくさんいました。
 
 ポンペイの遺跡の中でも、少し離れたとこにある秘儀荘に行く途中で二匹のわんこ達と一緒になり、私たちの前をすたすた歩いていきます。
 結局秘儀荘まで一緒に歩き、道案内犬として活躍してくれました♡
 

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 秘儀荘の美しい花の壁画


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 ポンペイだけでもう夕方になってしまい、考古学博物館にはたどりつけませんでした。
 
 

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 今日はピッツァが食べたい。
 ピッツァの作業台と釜が席の近くにあったのでついうれしくなり写真を撮りました。

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 今回の旅行で、いろいろなところで食事をとったのですが、みなさんピッツァを注文する場合一人一枚ピッツァを注文するのです。
 体調も落ち着いてきたので、一人一枚食べようとマリナーラとマルゲリータを頼みました。
マルゲリータはどこで頼んでもまず間違いない美味しさなのですが、特にマリナーラはとても美味しかったです。
しかし、いかんせん全部食べ切るのはかなり辛かったです。(娘に手伝ってもらいました。)
 
 ほかの皆さんの食べ方で結構目にしたのは、パンの耳と具の乗っている部分の境目にナイフを入れて、丸くくりぬき、具ののっている部分だけ食べるというもので、勿体ない精神の私には?でした。
耳が好きな私であるし、耳だけ残すのはマナー違反なのでは?と思ってもやっとしたのでした。
あと、そもそもピッツァは日本のように放射線状に切り分けられて来たりしないし、ピッツァカッターではなくナイフとフォークで食べるというのも新鮮な驚きでした。
 
 というわけで、ネットで検索(あまりお利口な感じはしませんね)してみたら、具のある部分だけ食べるのはポピュラーな食べ方で、耳だけ残すのはマナー違反ではないとのことでした。
 ピッツァは1枚を食べきるもの(味が混ざっておいしさが半減するのだとか)で、シェアなんてとんでもない話、と読んだところで自分たちがしていた間違い(1枚をシェアするとか2種類頼んで半分に分けて食べるとか)に気づいたのでした。。。
 まぁ、どれが正解ということはないのでしょうけれど。
 そして、ピッツァの耳を食べない(全部食べたらほか食べられなくなるという理由だそうです)イタリア人は、ピッツァの耳を食べるアメリカ人とは違ってスリム(もちろん食べる人もいると思うのですが)なのだそうです。
 でも、耳おいしいんですよね。(特にナポリのピッツァは絶品でした。)

 むーーん。
 

 次回は、再びのローマです。
 
 
 

    
                    
 


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写真を撮っていたら、突然声をかけられてパディントンさんと。
パディントンさんを連れて世界各地を旅されているとのことでした。
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COMMENT - 4

さこみん  2017, 11. 11 [Sat] 22:26

むーーん!そういう事でしたか(^_-)-☆

すみれんさんのもやっとする気持ちよくわかりますよ~
だってトーストの耳を残すと同じですもんね(;´・ω・)
日本だとそんな食べ方したら幼稚扱いされそうだし、
そもそも耳もパンだし(食べられるし・・・)
だったらサービスで端っこぎりぎりまでソースなりチーズを
乗っけて焼いてくれればいいのに。
な~んて憤ってますが端っこのコゲがまた美味しそうですね♪

シェアもダメなんだ・・・
本場イタリアでの体験談、すごく為になりますね!
いつか行かれるかわからないけど、その時の知識にしようと思います♡

ポンペイにも探検服ぴったり!
でもヴェラさんお疲れのようですね~
ブライスの眠り目萌えです(*^^*)
小学生の頃ポンペイの本がうちにあって、石膏像が恐怖でした!
でもフレスコ画があんな完璧に残っていたなんて、
何とも不思議ですね。

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みゆき  2017, 11. 12 [Sun] 16:42

またまた気になるブログタイトルですね(^O^)びっくりしました。
まさか本場の人が、ピザの耳を残すなんて知りませんでしたよ!
しかもシェアがマナー違反って…?!
イタリア人は陽気なので、ピザもパーティーでワイワイ食べてるようなイメージでしたが…
宅配ピザのクォーターなんて、味が混ざるからもってのほかなのかもしれませんね(^^;

二人のブライスさん、ポンペイ遺跡に探検家スタイルがピッタリでかわいい♪
浴場は大浴場ひとつだけではなく、温度の違うものが揃っていたとは、こだわりを感じます。

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すみれん  2017, 11. 12 [Sun] 22:34

Re: タイトルなし

さこみんさんへ

むーん、ですよね。
トーストの耳残す人は結構いますよ。
私の父がそうでした。
でも、トーストとピッツァではお値段違うし(そこか)
ピッツァは具のない外周の部分が膨らんで具が落ちてこない土手みたいな役割を果たしていると思うので、これはこれなのかなと思います。

シェアとかの考えって、食べたいけど全部食べられない様々な理由から出てくると思うんですけど、イタリアの人は食に対して純粋に貪欲なのでしょうね。
私のほんの短い貧しい体験は、あまり参考にはならないと思いますが、言えることは、体調は万全に、そして自分が食べたいものを選んだらそれに集中して食べることを楽しむ、ということかなと思います。

今回は本当に探検服活躍しました。
そして、ヴェラさんですが、外れてしまったバネを編み棒ですくって元の穴のところのプラスチックに引っかけることができ、元に戻りました。
なので、今はニヒルなお顔にならなくなりました。
お騒がせしました。

ポンペイは、火山灰が積もっただけなので6〜10数メートル積もっても、普通の地層と違って掘り返すのも簡単だし元の状態も綺麗に保存されたままになったのだそうです。

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すみれん  2017, 11. 12 [Sun] 22:46

Re: タイトルなし

みゆきさんへ

ついついブログタイトルに変なこだわりを持ってつけてしまってます。
私が気に入っているのは、「あはれ、乙女は」ですけど(誰も知りたくもない情報
ピッツァの耳を残しているのは、イタリアの人だけでなく、旅行者にもいたような気もします。
テレビのイタリア語講座が10月から新しいクールになっていて、タイトルを見たら「南イタリアを旅する」ということで見ていたら、ピッツァ屋さんで注文をする場面が出てきました。
旅人の日本人バイオリニストさんはまさに、丸く切って具のあるところだけ食べ、イタリア人講師さんは放射線状に切って中心部からくるくる巻いて食べていました。
ということは真逆なわけで、要はカロリーを気にしてするのかしないのか、かなあ、もーわかんないやです。

宅配ピザのクオーターは、確かにイタリアでは?かもしれませんけど、それがいいなと思う人もいるかもですよね。
たかがピッツァの話で、色々考えたことでした。。。

2人の探検服いいですよね。
また、こういう充実小物のついたブライス出して欲しいです。

浴場は、当時の楽しみだったのでしょうね。
でも、ピッツアの味が混じったらイカンように、お風呂の温度も違ったらイカンのでは、なんてひねくれたことを考えてしまうのでした。

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